No.1 旅は道連れ

2003年11月22日

「あ、あの・・アユタヤーに行かれるんですか?」

不安さを隠そうと、軽く声をかけようとしたけど、あっさり喉の奥で引っかかり、言葉になると震えていた。

ドンムアン空港

バンコクにはあまり泊まりたくなく、できれば今晩のうちにアユタヤーまで行っておきたかった。入国審査の列に並びながら、時間はもう21時を過ぎている。今から行って宿などあるのだろうか?「地球の歩き方」にはゲストハウスの営業時間はさっぱり書かれていないのだった。パスポートを捲りながら、一人悩んでいると、前に並んでいた女性一人が「これからアユタヤーに行くんです。」と隣にいたペアのバックパッカーに話しかけているのが耳に入ってきた。そこで、思わず声をかけてしまったわけなのだ。聞くと彼女は、大阪の人で半年前もタイに来ており、インド、ラオスetc..いろいろ回っているらしい。沢木耕太郎がさらっと出てくる辺り、似たようなものなのかな、と想像をめぐらせた。2人で行くと、なんとかなるか、と気が楽になる反面、こういうところを自分一人でズバッと切り抜けてこそ固まる自信ではないのか?声をかけるんじゃなかったかも、と後悔した。そんな心のゆれ具合は伝わるわけもなく、2人で空港を出る。形はどうあれ初めての異国の地だ。

ドンムアン空港の外

「この空気がいいんですよねー。」と彼女。深呼吸してみたけど、よく聞く熟した果実のにおいなどはせず、どちらかといえば夏の終わり、暑さがゆるんできた時期の空気を感じた。同時に体が気温に対応しようとしているのだろう、滝のような汗が流れはじめた。メインのザックから急いでタオルを取り出す。

ドン・ムアン駅へ降りて行った。構内へ入ると、電車が遅れているらしく、ベンチは人で溢れかえっている。ゴザをひいて床に座り込み子供をあやしているお母さん。黙々とゲームボーイアドバンスをしている女性に意外な印象を受けた。ホーム脇の階段に腰掛ける。彼女はタバコを吸い始めたので「ちょっと水買ってきます。」と立ち上がった。

ドンムアン駅

「(えーっと、)ミネラルウォーター」誉められたものではないカタカナ発音をして商品を指差し、人差し指を立て1本という意思表示を行う。「テンバーツ。」どうにか聞き取り、20バーツ札を差し出した。勝手な不安をよそに、ストローとミネラルウォーター、そしてお釣りはきちんと返ってきた。よく冷えた水は微妙に甘く感じる。ようやくタイの気温に慣れて、発汗が落ち着いてきた身体に吸収されていく。30分遅れで列車は出発した。

「愛媛と似てる?」
「い、いや・・・ここまで田舎では、でも、ちょっと似てるかも。」
「なんで、旅してるんですか?」
「・・・・修行かな。」

闇の中、線路に併走した造りかけの陸橋が浮かび上がる。郊外に出て「世界の車窓から」と言って外を眺める彼女の目はどこか故郷を見ているようだった。

なんとなくできてる脳内タイ地図には距離感がなく、どこを走っているのかさっぱりわからない。「次がアユタヤーですか?」と前の席に座ってたカップルに尋ねる。男性は「そうです」と頷いたが、女性が「違う」っと、小突く。しゅんと小さくなる男性。次に止まったのは倉庫のような場所だった。

着いたのは23時過ぎ、彼女は「泊まりたいゲストハウスがある。」というので駅前で別れることに。黄色の街灯の下、屋台は片付け始めており、道では犬が寝ていた。

アユタヤー駅前は真っ暗

飛び込んだゲストハウスもシャッターは半分閉まっていた。宿の兄ちゃんに「ワン・ナイト・・・」というと、ものすごく不安な表情をされる。一泊させてください、って英語で何て言うんだ?とぼーっした頭は回答が出ず、「スリープっ」とボディランゲージを追加すると、表情が和らぎ、部屋を見せてくれた。シャワー(水のみ)、トイレは共同であまり清潔ではなかった。部屋はまずまず、すでに他のゲストハウスを探す気力も体力もなく、「ハウマッチ?」「100バーツ」「ok.」と短いやり取りで、寝床を確保した。家を出て約28時間、ようやく揺れないベッドで寝られる。

ゲストハウスの部屋

えいやっと水シャワーを浴び、ベッドに横になるが、高揚した気分は収まらず、眠れなかった。明日以降を考えると、持ってきた文庫本は頭に入らない。いつもプールでしていたストレッチをすると、身体はほぐれ、ようやく眠りにつくことができた。